思い出の最近のブログ記事

10年連続記録

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今日は次男の、小学校最後の運動会だった。幸い晴天に恵まれ、運動会日和。長男から始まって、イチローの記録を超える10年連続の小学校運動会も今年が最後。子どもの成長を感じる。少し感慨深く今日を迎えた。

今日のハイライトは、「騎馬戦の大将」。どうやって決まったのか?立候補してじゃんけんで決めたとのこと。次男にとっては、なりたかった大将。張り切っていた。カブトも作り、赤い法被も着て、さらに自前の赤いTシャツも着ていた。結果としては負けたので、とても悔しそうな表情が印象的だった。

徒競走は4人で走り、予め誰と走るのか分かっていたので、予想通りの1位で、こちらも満足げ。

スタンツは、昨年の6年生が成し遂げられなかった、5段の塔に挑戦。次男は3段目だったが、足を引っ張ることもなく、見事成功。一番上に男の子が立ち上がったときには、ビデオを撮りながら感動してしまった。幸い涙は出なかった。

クラス対抗ではなく、1年から6年までの縦割りチームを赤と白に分けた赤白対抗なので、同じクラスでも、赤と白の子どもがいるという面白い構成。縦割りが基本なので、とにかく6年生は下級生(特に1,2年生)のお世話が多い。徒競走にしても、手を引いて所定の位置に連れて行ったりするのも、5,6年生の仕事。ここの小学校の特徴でもあるが、見ていてとても微笑ましい光景だった。

そんな役割があるので、一番盛り上がる縦割りチーム全員(1年から6年まで全員参加)による対抗リレーでも、自分が走るまでは下級生がスムースにコース上に出るためのサポート役をする。それで、一瞬カメラの向ける方向がわからなくなり、目のいい嫁はんに探してもらったり。

縦割りチーム対抗リレーでは、次男のチームは残念ながら下から数えた方が早い結果。次男は一人抜いたので、まあ満足。これは、いつも父兄チームも出ることになっている。もちろん全員ではないが。10年やってきて、最後だということで、申込みをして、久々に100メートル(正確にはラストは力を抜いたが)全力疾走した。気持ちがよかった。

暑い一日だったが、親子共々やり遂げた感覚を味わえた。嫁はんはPTAの役員やってるので、お役割もあり、お疲れさんだった。慣れない全力疾走で、膝が痛くなったのは、ナ・イ・シ・ョ。

お葬式

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2009-09-12、知り合いが亡くなった。会社のお客様なのだが、会社の仕事以外でのお付き合いも少しあり、個人として参列した。数年前の年末に、頂き物を分けてあげるというので、子どもを連れて伺った。その時にはお年玉までくれた方。ちょっとしたことなので、あの人にとっては小さなことだったと思うが、20年近く経つとはいえ、引っ越してきた私が、地元の人とのつながりを感じた大きな出来事だった。

参列して、いろいろと活動されていたことなどを聞き、ほんとにパワフルな人だったことを、改めて知った。そして、残念でならなくなった。まだ、60歳と2ヶ月。あと20年は現役で活躍できそうな元気な人だったのに。

あのパワフルさとあの笑顔を忘れない。ご冥福をお祈りします。ゆっくり休んでください、しげちゃん。

奇遇

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今日(正確には昨日)、とても驚いた出来事があった。タイトル通り「奇遇」に関する出来事。この言葉、辞書を引くと、以下のような意味である。

奇遇
思いがけず出会うこと。不思議な縁で巡り会うこと。

今までの人生で、それなりに奇遇なことはあったが、私の身に起こったことではないが、とても面白い出来事だった。

ある会社の営業担当者(以下Aさん)が来ていて、私の上司と私と三人で打ち合わせをしていた。そこへ必要があり、ある社員(以下B君)に来てもらって打ち合わせに参加してもらった。そこでの出来事。

話の流れで、AさんとB君が同じ愛媛県出身であることがわかり、お互い「松山ですか?」「そうです?」と言いあっていた。歳が二つしか離れていないので、もしやと思い、一つ提案してみた。半分冗談で。

  • 私:「ほら、中学中学。(中学を教え合ってみたら、という意味で)」
  • Aさん:「え、どこですか?」
  • B君:「**中学・・・」
  • Aさん「え!!私も**です。」
  • B君:「ええ!!!!じゃあ、小学校は?」
  • Aさん「**です。」
  • B君:「僕も**です!」
  • Aさん:「何町ですか?」
  • B君:「北**です!」
  • Aさん:「え!私、南**です!あ~、もう涙出てきました・・・」
  • 私:「こういうこと、よくあるんよな~」
  • Aさん:「えええ!!よくありますか???」
  • Aさん:「(B君に向かって)なんでここにいるんですか?」

Aさんが言うこともよくわかる。Aさんは、兵庫の大学を出て、就職で愛知に来た。B君は愛知の大学を出て、私が働く会社に就職した。そして、Aさんが営業担当者として会社に来て、そして、仕事上のことで、B君に会った。どうも、B君の知っている先輩をAさんも知ってるようで、何やら盛り上がってしました。こんなことがあるんやね。

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記憶とは面白いもので、何かの拍子に突如蘇ってくることがある。なぜ、その記憶が蘇ってきたのか、わかるときもあるし、わからないときもある。

今日は後者、なぜそんな記憶が蘇ってきたのか?

学生時代のこと、夏にクラブの連中と日本海へ泳ぎに行ったときのこと。後輩の一人が、背中に字を書きましょうか?ということを言ってきた。リップスティックタイプ(太さは3センチぐらいあっただろうか)の日焼け止めで背中に字を書こうというのだ。そんなことをすると、半年近く日焼けの跡は消えないだろうし、当時は下宿で銭湯通いだったので、恥ずかしい思いをするのは目に見えていた。そこで、後輩が絶妙なことを言った・・・ような気がする。

「虹の父さん、ほにゃららちゃん(当時私が付き合っていた女性の名)って書きましょうよ!」

私は、今でこそ愛知県在住だが、学生時代までは、生粋の大阪人。後輩のその言葉に乗ってしまった。

そして、背中前面を使うような大きな字で、「ほにゃらら」(漢字2文字)とでかでかと書いてもらった。そして、半日泳いだり、寝そべったり、とにかく積極的に日焼けをした。

帰るときシャワーを浴びたら、期待通りはっきりくっきり彼女の名前が浮かび上がっていた。私より真面目な同輩など、真剣に「お前、どうすんねん?」と心配する始末。そんな心配をされると、ますます嬉しくなってきた、そんなことを思い出した。

ディーゼル車

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友人のブログを読んでいて蘇ってきた記憶を書く。

母親の実家が和歌山にあり、小学校の頃は、夏休みはいつも長期滞在していた。従兄弟たちも同じように集まっていて、絵を描くのが苦手だった私に替わって、絵の上手い従兄弟に絵日記を描いてもらったこともある。(後日談、従兄弟は左利きなので、できた絵を見たら、ボールを投げている私が、左利きになっていて・・・そのまま提出した。咎められもしなかった。)

母の実家までの道のりも、楽しい思い出の一つだった。

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